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  • 2013.03.12 Tuesday
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なぜ、チャリ旅なのか?

 気ままな自転車旅行「チャリ旅」も、出発して3週間が過ぎた。

両輪に大量の荷物を積んで走る自転車はやはり目立つらしく、よく声を掛けられる。
ライダーハウスやゲストハウスに泊まればなおさら。
同じ部屋で一夜を共にするのだから、いやでも話をしなくちゃならない。
(じつは重度の人見知りです、話をするのは嫌じゃないけどド緊張します)

そんな中で気づいたことがある。


旅先で出会う人は、“旅行の理由”を聞いてこない


ということだ。

「どこから来たの?」
「どこに泊まっているの?」
「今日はどこまで?」

そんなことはよく聞かれるけれど、

「自転車で行くのはなぜ?」
「なぜ日本縦断なの?」

というようなことは聞かれない。
後者は出発前にはよく聞かれていたけれど。
その訳も、なんとなく分かる。

経験上、知っているからだ。

旅先で話しかけてくれる人たちは決まって“同類”である。
過去にバイクや自転車で長期の旅行に出たことのある人か、
もしくは現在進行形で旅行をしている人。

“旅行の理由”なんてたいしてない。
その部分は、最初から通じ合っている気がする。

「あの街であった青年が面白いヤツでね・・・」
「このルートを通ったら車も少なくて気持ちいいよ」
「僕は昔は○○の仕事をしていたんだけど・・・」

そんな話にスッと入っていく。


実際のとこ、僕は何で“チャリ旅”をしているのだろう?
学生の頃、沖縄や鹿児島⇒大分を自転車で走ったけど、さして楽しかった記憶はない。
汗と砂埃と排ガスでどろどろになり、
雨が降れば体は冷え、精神的にも参るし、
日が照れば照ったで頭がクラクラするしのども渇く。

つらいことばかりなのに、旅行が終わると忘れてしまう。
今回も、仕事をやめると決めたとき、頭に自然と「自転車で日本縦断」が浮かんできたのだ。

そうだ、キーワードは“開放感”かもしれない。
大きな川の河川敷にテントを張って、夕暮れを眺めながら歯を磨く。
この開放感ったらない。
目の前を、犬を連れて通り過ぎていくおばあちゃんと僕の間には、
明らかに線が引かれている。現実と非現実、のような。

社会生活を営む人たちが、まったく魅力を感じない部分に僕は“開放感”を感じている。
それが、たまたま“チャリ旅”とリンクした、ということなのだろう。


この旅行に理由も目的もない。
だから、何かを得られたり、一回り成長したり、何てこともきっとない。
せいぜい、肌が今まで以上に黒くなる、くらいのものだろう。
けど、やらないよりやった方がいい。
というか、やりたいから、今やるのだ。 だから僕は旅行を続ける。

「最後のモラトリアム」と僕はひそかに思っている。
また現実に戻るまでの区切り として、精一杯、自転車をこぐ。


明日も、あさっても。



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という感じで!
この旅行で感じたことを
日々の日記とは別に書き留めていこうと思います。

日記と違って不定期、しかもダラダラと長文になりがちですが、
よかったら読んでやってください。

よろしくお願いします。

                             つかぢ



感情的なありがとう


 働いているときに
「○○してもらっていいけ?」という言い回しをよく使っていた。
使っていながら、なんだか気持ち悪いというか、平たく言えば嫌いだった。

「このテレコ、書き起こしてもらっていいけ?」
「この書類、○○印刷の人が来たら渡してもらっていいですか?」


社内では誰もが普通に使っている言い回し。
なんとなく丁寧な感じがするし、使い勝手がいいのだけど・・・。


嫌いな理由は2つある。
1つは、丁寧な感じのわりに、断られることはあまり想定していない、ということ。
なんなら相手の仕事量を把握して、できると見越して頼んでいることも多い。
断られたら自分のスケジュールが狂う。それは困る。
そんな場面で、「○○してもらっていいけ?」だ。
なんとなく違和感を感じてしまう。


もう1つは、実はこっちのほうが引っかかっている部分なんだけど、
丁寧な感じのわりに、感謝の気持ちはあまりない、ということだ。
だって、頭のどこかで“やってくれて当然”と思っているのだから。
希薄な感謝の気持ち。
その気持ち悪さをどうにか補完するため、“ありがとう”という言葉を相手に投げていた。
しかし、それも結局は相手に悟られないようにするための手段であって、
そこに感情は込めていなかった、と今になって痛感している。


自転車旅行に出てからの“ありがとう”は
これまでのそれとはまるっきり質が違うからだ。



 旅先ですれ違う多くの人々。たいていは、僕に対して否定的である。
「何してんだあいつは」
「いい身分だ、働きもせず」
「汚い格好だ、理解できない」
もしくは無関心。なんでもない目で僕を見る。
半分は僕の自意識過剰、被害妄想だろう。
けど、半分は当たっていると思う。


例えばコンビニの前の縁石に座り込んで食う飯の不味いこと。
どこかに行こうにも、他に場所なんてない。
けれども腹が減るから食う。この“作業”を終えないと走れない。
喫茶店のコーヒーの代金には場所代も含まれている。
そんなことに改めて納得させられてしまう。


そんな中で、僕に話しかけてくれる人がいる。
やさしくしてくれる人がいる。
道の駅でテントを張れる場所を尋ねたら、たくさんのみかんとお菓子をもらった。
駅のベンチでスーパーの弁当を食べていたら、近くにいたおばちゃんがグミをくれた。
走りにくい国道で、川沿いの自転車専用道路を教えてくれた。
食堂で会計のときに「疲れたら甘いものよ」とチョコレートをたくさんもらった。
ずぶぬれで宿に飛び込んだときは、服を乾かせるようにと1部屋余計に貸してくれた。
被災地の小さな銭湯で、「がんばってな、こんな街にも寄ってくれてありがとう」と声をかけてもらった。

感謝の気持ちでいっぱいになる。
これまで繰り返してきた“ありがとう”じゃ違うんだけど、
言葉を知らないから「ありがとう」と何度も言う。
腹から声が出る。


 大きな街に泊まるときや携帯などの充電が必要なときは、マンガ喫茶に泊まることがある。
荷物を全部持ち込むことはできないので、テントなどは自転車に繋ぎっぱなしだ。
朝、自転車を見るまで不安でしょうがない。
けど、この約2カ月間の間に盗られたものはライトだけだ。
毎回ほっと胸をなでおろして、思う。
この旅行は、人の善意の上に成り立っていると。


走り出す前の“ありがとう”はただの言葉だった。
人間関係をうまく回すための潤滑油。手段だった。
喜怒哀楽、感情の起伏が小さい分、そこにこもる感謝の気持ちもまた小さいのだ。


 ライダーハウスのオーナーが口をそろえて言うことがある。
「自分も若いときにお世話になったから、この仕事をしているんだ」
この旅行で出会った人、ほとんどが名前も住所も電話番号も知らない。
だから僕は恩を“返す”ことはできない。
できるのは、オーナーたちがそうしているように、恩を“渡す”ことだ。



 なんでもない日常に感謝。
言うのは簡単だけど実践できない。
なんでもないことを実感してないからだ。
この突飛な旅行に出たことで、なんでもない日常がどれだけ保護された環境だったか分かった。
そして旅行中の現在も多くの人に生かされている。


あと1カ月もすれば鹿児島に帰り着いて、元通りの生活に戻る。
それでも今の感情を忘れずに過ごせれば、
今の“ありがとう”を忘れずに過ごせれば、ちょっとは勉強になったと言えるかもしれない。

月並みな話だけど、月並みなことを実感として持てたことは、
きっと損じゃないはずだ。


旅の書きとめ帳〜大人時間と子ども時間〜

 
2011年が終わる。
チャリ旅を終えてもう3カ月が経とうとしている。
鹿児島に帰ってからずっと無職の僕にとって、時間は世間の10倍以上、
それこそ光のスピードで過ぎ去っていく(怖)。

けれども、子どもの頃はちょっと違った気がする。
小学生の2学期なんて永遠と思えるほど長く、
何度布団に入っても、お年玉がもらえる日は遥か先の未来だった。

8月6日、秋田の夜。
あの日、そんなことを思い出した。

夕方5時頃。
秋田に到着した僕は、いつもの習慣でまず駅に向かった。
行き当たりばったりの旅。その土地の情報を手っ取り早く得るためには駅だ。
たいてい観光案内所が中にあり、安宿や、美味しい店や、最寄りの銭湯を教えてくれるし、周辺地図も手に入る。僕のような旅行者のために、最近ではマンガ喫茶の場所も把握してくれているから嬉しい。その日の目的は銭湯だった。ヒリヒリと痛むお尻を、どうしても癒してあげたかった。

「ホテルの大浴場が近いですよ。よかったら割引チケットもあります。」

駅前の立派なホテル、いろいろなお湯が楽しめて、バスタオルも貸し出してくれるという。そんなチャリ旅にあるまじきお風呂が500円で入れる魔法のチケットをくれた。
あぁ、素晴らしき観光案内所!
迷うことなくそのホテルへ。竿燈祭りの最終日、家族連れでごった返すホテルの中で、黒光りする自転車青年は完全に浮いた。服を脱いでも、肌着を着ているみたいに日焼けしていたので・・。

湯船に向かうと、確かにいろいろな種類があった。
その中の“寝湯”というのに心惹かれた。水深が5cmほどしかないぬるま湯で、そこに寝転がるとなんとも気持ちよかった。けれどよかったのは最初の5分だけだった。
幼稚園の年長さんと年中さんくらいの兄弟が飛び込んできたからだ。
その兄弟が“寝湯”に寝ているのは10秒くらい。
バシャバシャと水しぶきを立てて飛び出していき、他の5つほどある湯船を経由してまた帰ってくる。その度顔に水をかけられるんだけど、何が楽しいのかキャッキャ笑ってるので怒る気にもなれず。じっとしていられない子どもの性分と言ったらそれまでだけど、そのとき僕はこんなことを思っていた。

大人になると時間の流れが速く感じるのは、
子どもの頃より時間をルーズに“使う”ようになったからじゃないか、と。

喫茶店でコーヒーを飲む、食後に1本の煙草を吸う、温泉にのんびりとつかる。
大人になって、何も考えない時間を大切にするようになった。けれども子どもは、そんな“使い方”はもったいないと、本能で感じているのかもしれない。
兎にも角にも“新鮮なもの”を求めて走り回っていた。知らないものにワクワクし、楽しめるものは飽きるまで、壊れるまで楽しんだ。

死が近づいて初めて時間のありがたみを知るように、生に一番近い子どもが誰よりも生き急いでいる。1分1秒の重みが違うから、時間も遅く感じられるんじゃないか。

時間がない、と人は言う。
時間はつくり出すものだ、とも言う。

12歳だかそこらへんから芽生え始めた“大人時間”を振り切って、
今一度“子ども時間”に戻してみたい。

子どもって利己的で自己中心的で、その立場を利用した悪知恵ばかり働くヤなやつだけど、誰よりもその場を楽しめたり感受性が強かったり、とんでもない発想や能力を持ってたりするすごい人達だから、
この歳になっても、そのエッセンスは少し持っておきたいと思った。

8月6日、秋田の夜。



※Face book、見よう見まねではじめました。こちらから


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塚本 靖己

鹿児島県鹿児島出身。
錦江湾高校から鹿児島国際大学へ進学。保育士の道を志すも、免許も取らずに卒業。
卒業後は〈有限会社クラウド〉に入社。高校時代から愛読していた地元情報誌「CROWD」の編集に携わる。5年間勤務した後、2011年5月20日、退社。
同年6月6日、日本縦断を目標としたチャリ旅を開始。

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